西安の史跡
 
1997年 8月 25〜30日 浜松市仏教会 
 
 いま西安にいて、いにしえ長安を顧みる
西安はシルクロードの出発地として紀元前から秦、漢、隋、唐などが、3000年にわたって栄華を誇った都です。 昔は、長安と呼ばれていたこの都市は、紀元前後の漢代に開拓が始まり、最も繁栄したのが7世紀の唐代です。 玄奘三蔵も長安の都を出て、西域諸国を経て天竺(印度)への長い旅に出発しています。
現在では数が少なくなったものの城壁が街をを取り囲み、市内には鐘楼や博物館、大雁塔、小雁塔、 東郊外に足をのばせば秦の始皇帝陵や兵馬傭坑が、西郊外には唐代、漢代の歴代皇帝の陵墓や楊貴妃の墓などを見学できます。
華清池の風景写真です
華清池 かせいち
秦代からつづく温泉地。唐代中期には、玄宗皇帝が華清宮を建て楊貴妃と日々を送ったところです。 現在の建物は、清朝末期に西太后が築いたものです。
兵馬俑坑博物館内の写真です
兵馬俑坑 へいばようこう
1974年の発見。秦の始皇帝の権力の絶大さを今に伝える遺跡です。死後の始皇帝を永遠に守るために作られた兵や馬の像は、 みなそれぞれ表情が異なり、現在までに発見された兵馬俑だけでも6000体、その数の多さにおどろきます。     
西の城門の写真です
西の城門 にしのじょうもん
いにしえ、この城門からシルクロードへの旅が始まった。     
青竜寺の写真です
青竜寺 せいりゅうじ
日本仏教史における「入唐八家」のなかの六家(空海、円行、円仁、恵運、円珍、宗睿)が前後して、 この青竜寺において仏法を学んでいます。
空海の碑石です

紀元804年、日本国遣唐使について長安を訪れた空海は、青竜寺恵果大師に師事して密教阿闍梨嗣を受け継ぎ、紀元806年、帰国して 真言宗を創立しています。
秦始皇帝陵です
秦始皇帝陵 しん しこうていりょう
中国統一を果たした始皇帝は、即位と同時に70万人の囚人を動員して自らの陵墓を造り始めました。 地下に宝石をちりばめた宮殿があり、 盗掘を防ぐためにさまざまな仕掛けが凝らされたというものの、後に項羽に破壊され、 財宝は略奪されてしまった。この陵墓は高さ55m、周囲2000mの巨大なものです。
碑林博物館です
碑林博物館 ひりん はくぶつかん
その数1000基を超える碑林は、各地にあった石碑の散財を防ぐため現在地に集められました。目を見はる石碑の林立と古代からの 歴史文物の集大成された博物館です。
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