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| 2001年 8月 18〜24日 浜松市仏教会 |
| 仏 跡 巡 拝 日 程 平成13年(2001年) 8月 | ||||||
| 18日(土) | 19日(日) | 20日(月) | 21日(火) | 22日(水) | 23日(木) | 24日(金) |
| (上 海) 晴れ 35度 |
(普陀山) 晴れ 32度 |
(寧 波) 晴れ 32度 |
(天台山) 晴れ 30度 |
(杭 州) 晴れ 後雨 34度 |
(杭 州) 晴れ 34度 |
(上 海) 曇り 33度 |
| 名古屋空港 | 上海芦潮港 | 穿山波止場 | 華頂講寺 | 国清寺 | 西湖遊覧 | 杭州駅 |
| WH298便 | 普陀山 | 小白塔 | 石梁飛瀑 | 遊列車 | ||
| 上海空港 | 慧済寺 | 天童寺 | 古方広寺 | 浄慈寺 | 上海駅 | |
| 豫園観光 | 法雨寺 | 阿育王寺 | 真覚寺 | 霊隠寺 | 六和塔散策 | 上海空港 |
| 夜景鑑賞 | 普済寺 | 道元記念塔 | 西冷印社 | 径山萬寿寺 | 名古屋空港 | |
【上海・豫園 しゃんはい・よえん】
黄浦江のほとり、市外の東南に位置し、「都市の中にある山水」と呼ばれる広大な名園です。 |
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【東方明珠テレビ塔 とうほうめいじゅテレビとう】
浦東地区の空にそびえる高さ468mのアジア最大のテレビ塔で、新しい上海のシンボルとなっています。展望台からは蛇行する黄浦江と外灘の西洋建築などが一望のもとに見渡せます。 |
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普陀山は山西省の五台山、安徽省の九華山、四川省の峨媚山とならぶ中国四大仏教聖地です。普陀山の開山は日本僧の慧萼です。大中12年(858)、慧萼は五台山で観音像を入手し、明州(今の寧波)から船で帰国しようとして普陀山にさしかかると、とつぜん海面に鉄の蓮華が湧きだし、船が通れなくなってしまった。
皆が恐れてひざまずき「尊像の海を東する機縁はまだ熟していないということでしたら、どうぞこの山にとどまりください」といのると、船はすぐに動けるようになったという。慧萼は、さっそく観音像を普陀山の岸に上げ、お堂を造って祀った。 これが「不肯去観音院」 (行かず観音院の意)のいわれです。その後、普陀山は観音道場となり、多くの仏寺が建立されるようになった。 |
【慧済寺 えさいじ】仏頂山頂仏
普済寺、法雨寺とならぶ普陀山三大禅寺の一つ。伽藍は天王殿、大雄宝殿、観音殿、大悲殿、蔵経楼、鐘楼等が不規則に建っています。大雄宝殿には釈迦牟尼仏、阿難、迦葉、二十諸天、千手観音等が祀られています。 |
【法雨寺 ほううじ】
法雨寺は普陀山第二の大寺院です。楼閣は山並みに沿って下から天王殿、玉仏殿、九龍観音殿、御稗殿、大雄宝殿、方丈殿が建っています。 玉仏殿には1882年、普陀山の僧・慧根がミャンマーから勧請したという釈迦牟尼仏を祀っていましたが、文化大革命中被害を受け、現在は北京の永楽宮から移した仏像を安置しています。 |
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法雨寺の九龍壁⇒ |
【普済寺 ふさいじ】
観世音菩薩応化処といわれ、その前身は日本僧の慧萼が建立し、普陀山の開山となった「不肯去観音院」です。 大圓通殿の「圓通」は観音菩薩の別号で、観音菩薩を祀り、殿内は千人も収容できるため「活大殿」と称されています。中央には黄金毘盧観音結跏趺坐像があり、周囲には三十三身の応化身仏像が、東西両壁には十八羅漢像、その背面には千手観音を祀っています。 |
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寧 波 ねいは 遣唐使の着いた港として日本と結びつきが深い古都、仏跡を巡る
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【天童寺 てんどうじ】禅宗名刹
中国のなかでも有数の禅宗寺院。加えて日本の禅宗の源ともいえる名刹禅寺です。唐の僧法旋(ほうせん)が開元20年(732)に建立。 日本の僧で臨済宗の開祖栄西禅師、曹洞宗の開祖道元禅師も、この天童寺で修行をしています。また雪舟も、この天童寺に在錫しています。
表敬訪問⇒
修 祥 天童寺監院 寧波市仏教教会副会長 |
【阿育王寺 あいくおうじ】舎利道場
西晋の太康3年(282)に創建されて1700年の歴史があり、特別な舎利宝塔がある寺です。インドの紀元前2世紀、阿育王(アショカ王)は仏教史上最大の第三次結集を行い、経・律・論の整理をしたのち、僧を各地に派遣し仏教伝播を行い仏教を世界的宗教とします。アショカ王は王舎城大宝塔から仏舎利を八万四千に分け、その内の19箇を中国に運び舎利塔を建設、そのひとつが阿育王寺の舎利宝塔です。 なお、この寺には日本の栄西禅師や了庵桂悟も在錫しています。 |
【古波止場・道元入宋記念塔 どうげんにゅうそうきねんとう】
南宋嘉定16年(1223)4月、日本僧道元禅師は海を渡りこの明州慶元府(源、寧波市)に着き、商船内で阿育王寺の老典座と相見された。宝慶元年(1225)道元禅師は、太白山の景徳禅寺(現、天童寺)にて住持如浄禅師に相見し、その膝下で一生参学の大事を成就された。日本に帰国された道元禅師は、永平寺を創建し、日本曹洞宗の開祖と仰がれている。 謹んでここに記念碑を建て、日中両国の文化交流と人民の伝統友誼の証とする。 発起人 日本国曹洞宗大本山永平寺 第七十八世貫首 宮崎奕保 1998年11月 謹記 |