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平成12年(2000) お 盆 号 (2 号)
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| 施 餓 鬼 会 せがきえ とは | |
| 副住職 雲 井 栄 成 合掌 | |
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まもなくお盆の時節です。初盆の家では内せがき会、各檀家にあっては先祖せがき供養を行います。
七月十二日(水)には、恒例の山門せがき会が開かれ法類縁故の和尚さま方も参列します。
ふだんとはちがうお経の唱えかたで、それぞれ三界萬霊の御霊を供養します。 こんな話を耳にしました。 「せがき会は、われわれの先祖を供養する法会ときいている。 餓鬼にほどこすと書くが、してみると、われわれの先祖は餓鬼か。」餓鬼は餓えた鬼と書きますから、いかにもイメージが悪い。 しかし、ちがいます。餓鬼とは、いまを生きる人間のなかにうごめく煩悩、欲望にとらわれがちな自分の姿や心を例えています。 私たちが餓鬼という目にみえない迷いから抜けだすには、一切の衆生に施しをしなければなりません。 衆生とは、生きとし生けるものすべてを指したことばです。 人間だけではなく、動物も植物も、さらには天地自然のすべてまでも衆生と考えることができます。 この供養の対象である衆生を三界萬霊の至聖といいます。 私たちは食べることを止めれば生きていけません。しかし人間は生きていくうえで、多くの命を頂戴して、そのおかげさまで生かされています。 あらゆるものから大いなる命と力をいただいています。その事実に気づいたとき、はじめて衆生を供養するおせがきの意味がわかります。 ご先祖の魂は、姿は見えないけれども、私たちの心のなかに生きつづけています。 あなたの心とかたくつながっています。ご先祖に香を焚き、清められた迷いのない心で食べものを施し、水向けをします。 お経を通して、あなたの真心をみ仏に毎年捧げるのです。 お盆は、ご先祖以外のすべての生きとし生けるものへの感謝をする、またとない機会です。 これがおせがきの供養です。お盆の法会を通して、自分自身の生きかたを深めていきましょう。 いままで気づかなかった心の安らぎを感ずることができると思います。 | |
| 歴 史 探 訪 A 【むかしの山門】 | |
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ここで紹介する山門は、現在ある山門ではありません。昭和六二年(一九八七)に再建普請のため解体された山門です。 この山門は、天明九年(寛政元年一七八九)当山九代住職明庵禅燈禅師代に建立されました。 いまから二百十年余前の話です。 通用の間口が一間一尺、主柱四本が欅でそのほかの桁梁は松材による構造でした。 とくに興味ぶかいのは、この桁梁の溝とほぞの部分に安永、天明の年号が墨書きされていたことです。 天明の前の年号が安永ですから、察するに大工棟梁は安永年代に骨組み加工をはじめていたことが判ります。 しかし、実際の完成は十年余の歳月をへた後でした。この事がらは何を物語るものでしょうか。 当時の時代背景を考えれば、このなぞは解けます。天明年間(一七八二〜九)は、いわゆる天明の飢饉といわれた時代でした。 ここ遠江においても凶作と洪水により、多くの餓死者がでた過去帳の記録があります。 この悲しい事実をふまえて、いまの海龍寺の歴史があります。そして私たち同胞は、いま生かされています。 思わず、合掌、手を合わせずには、おれません。 | |
| ガンダーラ 仏跡巡礼行 平成11.9.27〜10.4 | |
| 海龍寺総代 大 石 圀 男 | |
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ガンダーラは、パキスタンという国にある。インド、中国、アフガニスタン、イランと国境を接し、南側はインド洋に面している。
首都はイスラマバード、その西北の山岳地区に仏像の発祥地ガンダーラがある。
その昔、西欧にアレクサンダー大王が君臨、大帝国を夢みて東方遠征を成し、インド西部のインダス河畔あたりまで征服した。 軍隊とともに芸術家、宗教家、科学者の文化人も従軍したので、自然に西欧と東欧の文化が交流した。 こうした環境のなかにあって必然的に仏像が誕生したのである。 それまでは仏像を作ることはおそれ多いとされていた。仏座、菩提樹、法輪、仏足跡など象徴的なものであったが、
ここにはじめて人間の形をして、いまの世に伝わる仏像が生まれたのである。 当然ながら初期のガンダーラ仏はギリシャ、ローマ彫刻の影響をうけて西洋的な面もちである。時代の変遷とともに、東洋的な仏像が出現した。その後、サールナート博物館にある赤褐色砂岩の釈尊初転法輪像が創造された。 等身大よりやや大きく穏和で清新そのもの、世界でもっとも優美深遠な仏像として誇っている。 博物館は中規模で寺院仏跡に付属した資料館もあった。仏像は大小さまざまである。 工夫して陳列してあるが、日本の博物館のように整然ではない。西洋的な口ひげをつけた釈迦像が並ぶなかに、 美しく優しい女性的な顔をした像や、容姿がふっくらとして慈悲を表した東洋的な仏像もあった。 仏塔跡は大小含めて随所にあったが、原型をとどめた塔は少ない。磨崖仏ほか仏足石等も拝観した。 今回の巡礼行は、ひろさちや先生の実践講座であり、講義、座談会をかね合わせた研修であった。 遙かいにしえに想いのはせる感慨無量の海外紀行であった。 ガンダーラの哀れ崩れし大寺院 唯一残る み仏の像 《ひろさちや先生》 一九三六年大阪生まれ。東京大学印度哲学科卒業。同大学院博士課程修了。 現在、仏教・インド思想の研究、執筆等はば広く活躍中。わかり易い著書多数あり。 | |