寺報 りゅうぎん
平成13年(2001) 賀 春 号 (3 号) 

  二 十 一 世 紀 の 門 出
住職 雲 井 泰 正 合掌
平成十三年元旦を迎えました。毎年かわすあいさつですが、改めて明けましておめでとうございます。
本年は西暦2001年、新年の始まりと同時に百年単位である新たな世紀の門出です。 中田島海岸より旭日を拝む何か、いつもとは違ったみなさまの心意気が伝わってきます。
昨年は、当山檀家で満百寿を迎えられた方が、お二人います。鴨江の神谷みつさん、中田島の大石ともさんです。 ますます、ご健勝であられますようお祈り申しあげます。
さて、人の命である人生は線か丸か、について考えてみましょう。
仏教では、時間という時の流れは過去・現在・未来の準であっても、川の水が海に入り、海の水が水蒸気となって空にのぼり、 そしてふたたび雨として降りそそぎ、川に戻って来るように回るというか円としてとらえます。 この教えは、人間の命そのものは人の身体を仮の宿としていますが、肉体とは関わりなく無限に生まれ変わり、 別の姿となってこの世に現れ、また去っていき、またまた現れると説きます。時間の流れや生命というものを、 一本の直線でなく、ぐるりと回ればまた元のところに戻ってくる大きな円、すなわち輪廻として考えます。 インドの古代語で輪廻を「サンサーラ」といいます。流れるとか、転位するとかいう意味です。
仏教はこの円、丸いもの、円満であることを大切にします。 初日を拝み、丸い月をめで、また鏡餅をみたら未来に向かう自分の人生も丸々だと自信を新たにしましょう。 お正月は、おのれを励ますいい機会といえます。(写真は、中田島海岸より旭日を拝む)



 歴 史 探 訪 B 【梅 陰 松】  け さ が け の 松
梅陰松 けさがけの松
当山の開創は、過去帳の記録から察して慶長5年(1600)前後です。 豊臣家と徳川家が覇権を競った関ヶ原の戦いがあった年代までさかのぼります。 開山さまは、大和の国出身、梅陰慶宿禅師です。諸国を行脚して遠江のこの地に到り、草庵を結んだのが、海龍寺の始まりです。
さて、みなさま、よくご存じである写真の松、開山さまにちなんで「梅陰松」と呼ばれています。 樹幹の表皮は、亀の甲にも似た紋様のある古松です。その樹令は、開創年と同じく400年以上。 毎年、専門職の庭師が剪定し、松柏盆栽のような造形美があります。 樹の天地10m余、扇状に広がる枝巾は直径30mにも及び、泰然不動、禅僧が坐禅をしている姿に見えます。 開山さまは入寺上堂の偈に、門風永扇、松樹千年翠あらんと道念不退の決意を示して袈裟をかけたそうです。 しかるに別の呼び名「けさがけの松」ともいわれています。
昭和25年ごろまでは3本ありましたが、松喰い虫により枯れてしまい、現在は2本です。 維持、保全管理が大変ですが、後世に伝えねばならない銘松です。


 吾、 ただ 足るを 知る
副住職 雲 井 栄 成 合掌
吾唯知足の挿し絵です
新年、あけましておめでとうございます。檀家のみなさまには、常日ごろより、ご法愛をたまわり厚く御礼申し上げます。
光陰矢の如しといいますが、月日の経つのは本当に速いものです。21世紀を迎え、例年のことながら、 今年こそと思いを新たに幸福の年であるよう祈るのですが、どうもままなりません。 昨年は、未成年者の凶悪事件が相つぎ、21世紀は心の時代とまで叫ばれるようになりました。 経済や科学の発展によって物の豊かさのなかにのみ幸せがあるとして、ひた走ってきた結果でしょうか。 そして、その歪みはいたるところに現れてきています。 「物が全て、人間死んでしまえば、何も無くなってしまう。人のことよりもまず自分。自分がよかったら他はかまわない。 自分が一番正しくてほかはまちがい。なんでもかんでも自分です。」 こんな考えをもつようになったのではないでしょうか。
もちろん、このことだけがすべての原因ではないでしょう。人の心は時代や場所など様々な条件によって作りあげられてきます。 今の子供に限らず、私たち自身も自分の生き方に満足しているわけではありません。心のどこかに、何か違うと感じながら、 でも、その生き方しかないという寂しさが伝わってきます。 人間がこの物質の世界を生きぬいていくためには、欲は絶対不可欠なものです。しかし、この欲望には限りがありません。 どこかで取捨選択して、ほんとうに必要な物なのか、よく判断し、足る事を知る必要があります。 そして、感謝の気持ちをもつことです。宇宙すべての条件が私たち人間を生かしています。その尊い命に感謝の心をもつことによって、 他人の尊さやありがたさも、より鮮明にみえてきます。
新年を迎えて、かような少欲を捨て、無限の自己が開けるよう心がけたいものです。