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平成14年(2002) お 盆 号 (6 号)
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お 盆 は
ご 先 祖 さ ま の 里 帰 り |
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副住職 雲 井 栄 成 合掌
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お盆の諸行事の始まりは、お釈迦さまの弟子、神通第一といわれた目連尊者が母を救う物語に由来しています。
ある日、目連さまは、いまは亡き母のことが気がかりになり、神通力を使いあの世を探索しました。ところが悲しいことに、 餓鬼道に落ちて、あわれな姿になっている母をみつけます。目連さまは、なんとか亡き母を救おうとするのですが、 いくら神通力がすぐれていても、まさか死後の世界にまでその力を発揮して母を救いだすわけにはいかなかったのです。 そこで、師匠であるお釈迦さまに「母親を助けてください」と頼みます。すると、お釈迦さまは「目連よ、亡き母に代わって、
お前が布施の功徳をつめば、それが追善の効果をあらわし、きっと亡き母は餓鬼道から救われるであろう。 出家者の夏の修行が終ったこの時期、修行僧を招き、さらに、すべての御霊に施餓鬼供養を施しなさい」と教えられました。目連さまは、その教えのとおり、亡き母親と同じ苦しみにあえぐ多くの人々をも助けだすために、施餓鬼供養を行い、 母親を苦しみの世界から救いました。これが盂蘭盆の 起源です。このようにお盆に関わる法会はご先祖だけでなく、無縁の仏さまはもとより、すべての生きとし生きるものへの総供養です。 年回忌法要に菩提寺の和尚を招いて供養することも、ここから始まったとされています。 また、盆おどりは、真夏の風物詩ですが、もともとは、お盆に帰ってきた精霊を慰めたり、お盆の供養のおかげで成仏する ことのできたご先祖の踊り、その喜ぶ姿を表現するところから生まれました。無形文化財に指定されている遠州大念仏は、 典型的な精霊踊りといえます。 |
| 歴 史 探 訪 E 【六地蔵さまと子安地蔵さま】 | ||||||||||||||||||||||
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六地蔵さまのお堂は山門から入 って墓地入口にあります。お像は
青銅製で、それぞれ身体につけて いらっしゃる姿から、下の表に示 す六つの名前があります。
このお地蔵さまは、あらゆると ころに姿を変えて現れ、生きるも のがくり返す生死の苦しみ(六道 輪廻)から救ってくださると信じ られています。その特徴は、頭を 丸められたお姿と、お坊さんの衣 をまとっていることです。常に私 たちと同じ苦悩にみちた煩悩の此 岸を歩んで、私たちを悟りの彼岸 へみちびくことを表現しています。 誠にありがたい、お地蔵さまです。
中央の幼子が寄りそって囲んで いる大きめのお像が、子安(水子) 地蔵さまです。 お地蔵さまの真言 「おん か か か びさんまえい そわか」 の じゅもんを唱えましょう。 |
| おせがきに 塔婆供養を! 亡き人への便り | |
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塔婆とは、墓地でみられる細長い板のことで、正式には卒塔婆と呼びます。梵語(昔のインドの言葉)のストゥーパがその語源です。 もともとはお釈迦さまの遺骨を納めるために建てられた土まんじゅう型に盛りあげた墓が、その始まりとされています。その後、インド、中国、日本にわたって塔の形は変化し、多宝塔、五重塔、卵塔と様々です。墓地にある石の五輪塔もそうです。現在、塔婆といえば、板塔婆を指します。 このように塔婆とは、塔を意味します。今日、用いられている塔婆は五重の塔を模して、細長い板に五つの切り込みをつけてあります。これは五大思想を表しています。あらゆる物質は空・風・火・水・地から構成されているという、古代インドの宇宙観です。お釈迦さまを追慕し、その徳と教えを伝えるため、古来より仏塔や宝塔が建てられてきました。 既刊の「りゅうぎん」で、ご紹介の安永七年(1778)に馬込河口付近より移設再建された仏舎利宝塔も、いまを生かされている人の亡き人への熱き思いを込めた便りであるといえます。「塔を建てて供養すべし」それが塔婆に込められた願いなのです。それは、いまでも年回忌、彼岸、盆などに追善供養として塔婆建てがなされています。平成二年の秋、自春見春見文勝管長猊下をお招きして静岡西教区主催御親化授戒会が当山で開かれましたが、そのおり建てられた長さ10尺、直径8寸角の角塔婆は、いまもなお本堂前に建てられています。授戒会の間、紅白の善の綱で、ご本尊延命地蔵さまの御手と結ばれていました。 塔婆の供養には「敬う、尊ぶ、報恩」という心が根本にあります。ぜひとも、大恩あるご先祖に報恩謝徳の心を便りするという形であらわしたいものです。 かように塔婆を建てて追善供養することは、ご先祖さまと、おかげさまをもっていまを生かされているあなたの心が一体となるという意味があります。海龍寺では、供養する人の想いを禅語でつづって、あなたの功徳を回向し、あまねく仏さまに指し向けます。 |
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