寺報 りゅうぎん
平成15年(2003) 賀 春 号 (7 号) 

  ★ ゆく年 来る年 ☆
住職 雲 井 泰 正 合掌 
 みなさま、明けましておめでとうございます。
 NHKの紅白歌合戦が終って世界中のゆく年来る年の映像がながれました。 そのなか除夜の鐘がまだ鳴り終わらぬうちに、新年のあいさつが交わされて早くも元旦、 平成の世も十五年目を迎えました。
 謹賀新年除夜とは、一年間の汚れや災いをはらうという意味です。 百八つの鐘をつくのは、人間のもつ百八つの煩悩を消すためとする説や、 百八つの菩薩の徳をたたえるためとする説があります。
 昔からお盆と正月は二大行事としてならべられて、「お盆と正月がいっしょにきたような」 という例えがあるほどです。その趣旨は、どちらも代々のご先祖さまの御霊を、 お迎えしてお祀りする行事でした。お盆と同様、お正月には、 ご先祖の魂が帰ってくるとかたく信じられていたのです。
 初詣でというときの「詣」の字は参詣の「詣」の字と同じです。もうでるとも、 音よみで「けい」ともよみます。詣のもとの意味は、行く、進む、ということですが、 お参りするという意味にも通じ、初詣では初参りとも申します。 別に元旦でなければならないという法則はございません。正月の三が日か、 おそくとも松の内までにお参りすれば、それは立派な初詣でなのです。
 一家お揃いで、観光で名の知られた大寺院に初詣でなさるのはたいへん結構なことですが、 菩提寺のご本尊さまにもかならずお参りし、ご仏前では家族の無事息災を願い、 おかげさまにも、ご先祖さまがあって、いまの私たちが生かされていることを感謝しましょう。
 みなさまの新年の輝かしい門出に幸あれと祈ります。


 歴 史 探 訪 F 【厄よけ千手観世音菩薩】     
――あなたの心を やさしく癒す 観音さま です―‐ 
厄除け千手観音 昭和十九年(一九四四)十二月七日、東海地域一円を襲った東南海地震により、海龍寺にあっては本堂が全壊し、 観音堂「円通閣」が倒壊しました。この御堂は、現在当山の歴代聯芳塔がある東側に、当時ありました。
 厄除け千手観音さまは、観音扉つきの黒塗りの厨子入りで、江戸中期の作と推定されます。 平成四年に仏工師による現状修復を施しました。ただいま、開山堂西座のひな壇に奉安しています。
 観音さまは、よく三十三のお姿があるといわれています。 人々の苦しみや、救い求める姿を慈悲のまなざしで見、そのかなしい声を聞きとり、 誰人ももらすことなく救ってくださる優しい菩薩として昔から信仰をあつめています。
観音さまの じゅもん 「おん あろりきゃ そわか」 と唱えて、お参りしましょう。

 香南軒中村文峰老師  南禅寺派管長猊下に就任   
    副住職 雲 井 栄 成 合掌 
中村文峰老師
 羊年の新春を迎え、お慶び申しあげます。檀信徒のみなさまには常日ごろより、 ご法愛をたまわりあつく御礼申しあげます。
昨年、6月26日、小生の修行した道場の師匠である虎渓僧堂師家、中村文峰老師さまが、 京都にある大本山南禅寺派の管長猊下に就任されました。
 老師さまは、昭和5年山口県の出生。昭和27年より京都南禅寺にて寒松軒柴山全慶老師に就かれて修行。 同47年に南禅寺山内の慈氏院住職に就任、翌48年には二松学舎大学大学院博士課程を修了。 同53年より虎渓山永保寺僧堂師家に就任し、24年間にわたり雲水(修行僧)を指導されたお方です。
 仏心宗、達磨宗とも呼ばれる禅宗は中国で起こり、発展し、日本に伝来されました。 一般に禅宗という呼びかたは、坐禅を生命ととする宗派の意味で、臨済宗・黄檗宗・曹洞宗の三宗の総称です。
ご承知のとおり当山は臨済宗妙心寺派ですが、臨済宗、黄檗宗には15南禅寺三門の本山があり、 そのうちの一つに南禅寺派があります。
 管長さまをはじめ、各僧堂師家と呼ばれるお方は、お釈迦さまの正しい教え(正法)を うけつがれた達磨大師(初祖)、 臨済禅師(臨済宗祖)や、隠元禅師(黄檗宗祖)、さらに禅を日本に伝来された祖師方、 そして日本臨済禅中興の祖・白隠禅師から今日にいたるまで、 「一器の水を一器へ」 移すがごとく伝法された一流の正法を伝えている師匠であります。
 小生が虎渓山永保寺僧堂にて、修行時代にたいへんお世話になった老師さまの管長ご就任は、 なにより喜ばしいことです。
 みなさまも、京都におたち寄りの際は、ぜひとも開山無相大師、開基花園法皇の妙心寺をはじめ、 開基亀山法皇の南禅寺にも、ご参詣いただきたく思います。